朝礼訓辞

令和元年11月 朝礼訓辞

 大正末期から、昭和の初期にかけ、すぐれた童謡詩を発表し、詩人西条八十に「若き童謡詩人の中の巨星」とまで称賛され、与謝野晶子と並び称せられる女流詩人が居ました。
 その人は、金子みすゞという詩人で明治36年に生まれ、昭和5年26才の若さでこの世を去りました。
 ほんの5~6年の間に秀れた詩を沢山発表しましたが、その後突然消息が断たれ、表舞台に現れることはありませんでしたが、没後50年たってから、512編にものぼる詩の原稿が発見されました。
 その中の代表的な一編に「蜂と神さま」という詩があります。
   蜂はお花のなかに
   お花は庭のなかに
   庭は土塀のなかに
   町は日本のなかに
   日本は世界のなかに
   世界は神さまのなかに
   そうして、そうして、神さまは小さな蜂のなかに

   彼女の詩は、人の命と、人の心をうたう人間の詩として評価され、日常の風景のなかに、宇宙と人間のあるべき姿、自然の摂理のようなものを、詩にしていると云われ、今では12の外国語に訳され世界に広がっています。
 そしてこの詩は、イタリアのローマ法皇パウロ2世にも伝えられ、これを読み感動した法皇は涙を流されたそうです。

 金子みすゞは、山口県の今の長門市に生まれ普通の家庭に育ち地元の女学校を卒業しますが、その後、近くの本屋さんに就職します。本をむさぼり読み、詩作をはじめたのでしょうが、やがて同じ本屋の店員と結婚しました。
 その夫たる人が余り良い人でなかったようで、仕事は余りせず、遊廓に遊び、もらった性病を金子みすゞにもうつしました。女の子を一人もうけます。「ふうちゃん」と名付けますが、やがて夫婦の間が破たんし、離婚するにいたりました。
 性病が段々と悪化して行きますが、「ふうちゃん」も男親に引き取られ、彼女は淋しさのあまり、ほんの26才で睡眠薬を飲んで、自分の命を断ったのです。
 母親あての遺書には「くれぐれも、ふうちゃんをよろしく頼みます。」そして「今夜の月のように私の心も静かです」と残されていました。
 彼女の詩は、最近テレビでもよく放送され、新聞雑誌にものります。先日は安倍総理も、国会での演説の中で、彼女の詩の一部を引用していました。
 カレンダーにも掲載され、私の寝室の壁に彼女のカレンダーが飾ってあり、時にふれ眺めています。

 彼女はほんとに、ほんとに心のきれいな人でした。
私達も、ほんとに心のきれいな人になりたいものです。

 段々寒くなって行きますので、体調に気を付けて、今月も一緒に頑張りましょう。よろしくお願い申し上げます。

医療法人純青会 せいざん病院
理事長  田上 容正

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