朝礼訓辞

令和2年3月 朝礼訓辞

 西暦629年といいますと、今から約1300年前のことです。日本では、聖徳太子の大化の改新の頃の話です。
中国に玄奘(げんそう)という禅の僧がいて、正しい仏典を求め、インドを目指しました。中国からインドまでは、800里(3200㎞)あり、ゴビ砂漠を越えなければなりませんでした。
 馬の背に1000里(4000㎞)分の水を積んで旅立ちました。ゴビ砂漠に入る前に狼煙台(のろしだい)の見張人から100里(400㎞)程先に、野馬泉(やばせん)という野生の馬の水飲場があるから、そこで水を補給すればよいと教えられました。
いくら行っても野馬泉が見つかりません。仕方なく、馬の背に積んだ水袋を下ろそうとした時、荷が重すぎて、誤って落としてしまい、水はあっという間に砂漠の砂の中に吸い込まれてしまいました。
 途方に暮れた玄奘は水を補給しようと、来た道を戻ろうとしました。その時、どこからか声が聞こえました。
「お前は願を立て、誓ったではないか。どんなことがあろうとインドへ行く。途中で死んでも構わない。なのに、水の補給に国へ戻ろうとしている。それでよいのか。」
自分を叱咤(しった)する声に玄奘は、また向きを変え、インドを目指しました。
 四晩五泊、一滴の水も口にしませんでした。5日目についに砂漠の中に倒れ、立ち上がれなくなりました。
 その夜半、冷たい風が吹くのを感じました。もうろうとした夢の中に、とてつもない大男が現れて、「何故起きない、何故眠っているのか」と声を掛けました。
 驚いた幻奘は立ち上り、歩き出しました。ところが馬が自分の進もうとする方角と違った方に進みます。引き止めようとしても止まりません。止むなく馬の進むのに任せました。
 しばらく行くと、小さな草原が現われ、きれいな水が湧き出る池がありました。玄奘も馬も、むさぼるように水を飲み生き返りました。
 玄奘はこの時、人の誠(至誠)は神に通じるのだと、天を仰いだと云います。

 日本にはこんな二宮尊徳の言葉があります。
「世間、心力を尽くして私(わたくし)なき者、必ず功を成す」というものです。
 私心なく、心力を尽くす者は必ず成功する、という意味です。私も自分のためだけでなく、心を病む人、困っている人、悲しんでいる人達の為に働いて、種子島で一生を終える覚悟です。
 皆さんも少しでも人の為になるようにという気持ちで、やさしく人に接し、頑張って下さい。
 新型コロナウイルスで先が見えません。手洗い、うがい、マスクに心懸け、体調をくずさないよう、今月も一緒に働きましょう。

致知3月号より引用

医療法人純青会 せいざん病院
理事長  田上 容正

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