朝礼訓辞

令和2年10月 朝礼訓辞

 東京の聖路加国際病院で長い間、小児科医として、特に小児のターミナルケアで働いて居られた、細谷亮太という先生が居られます。今年72才になられますが、 今は病院の顧問として働き、俳人でもあり、エッセイやコラムなど沢山書いておられる先生です。
 先生が小児科医になられて初めて看取られた子供の話ですが、勿論、主治医ではなく、チームの末端でその現場に立ち会われた時のことです。
 病状が急変し、呼吸も心臓も止まってしまいました。一番若輩だった細谷先生が心臓マッサージをしました。そこへご両親が、かけつけて来られました。
 心臓マッサージは30分以上続きましたが、子供は蘇生することはありませんでした。主治医はご両親にこう告げられました。
「お気の毒ですが、もうお子さんは戻って来ることはありません。残念ですが。」そして医師たちは部屋を出て行きました。
 細谷先生はベッドの傍から離れることが出来ませんでした。
 ただ茫然と、その子供の顔を見つめて居られました。

 それから、時が圣って30年後、その時の母親が細谷先生を訪ねて来て呉れました。そして、こう云われたのです。
「あのとき、他の医師が部屋を出て行くなかで、細谷先生ひとりがあの子の傍に立ちつくしていましたね。その先生の姿が、私達にとって、どれほど救いになったか解りません。ありがとうございました。」
 細谷先生は、その時のことを振り返ってこうおっしゃっています。
「私は泣いていたのです。どうして涙が出たのか。その涙は親御さんを思って涙を流したのではありません。まだまだ人生はこれからなのに、 もっとやりたいことがあったろうに、なのに死んで行かなくてはならない。その子の気持を考えた時に、どうしようもなく涙が溢れて来たのです。 心から可愛想だと思う気持は今も変りません。天国に旅立った子供たちのことを思い出したり、御両親との思い出話をするたびに今でも私は泣いてしまいます。」

 医師は感情的になるものではない。涙を流すというのは、プロフェショナルの態度ではないと若い頃に先輩医師から云われたそうです。
 でも先生は子供たちに共感し続けられました。本当に苦しくて小児科医など辞めようかと考えられたこともあったそうです。
 しかし病気で苦しんでいる子供たちを放っておくことはできなかった。自分は小児科医である限り子供の患者に共感し続けよう。
 辛さに耐えきれなくなって潰れてしまうのなら、それは仕方ないことだ、と今でも小児ガンで死に行く子供達と共に歩き続けておられるのです。

 こんな諺があります。
「授けた恩は水に流せ、受けた恩は心に刻め」
 人間の心って不思議なものですね。30年もたつと感謝の気持を心に刻んで来られたという、子供の母親のことを思うと涙が出て来ます。

 私も85才になり、もう暫くしか生きられませんが、いつも何かにつけ、お世話になった人の事を思い出しては、感謝の気持を忘れずに御恩返しに何か人のためにお役に立ちたいと思いながら生きています。

 10月に入り涼しくなって参りました。新型インフルエンザは、これからどうなるのか。通年のインフルエンザも流行して来るでしょう。
 皆さんと一緒に考え、行動し患者さん達のために頑張りましょう。

(PHP.特別保存版より引用)
医療法人純青会 せいざん病院
理事長  田上 容正

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