朝礼訓辞

平成31年1月 朝礼訓辞

 明けましておめでとうございます。
昨年は、皆様に大変お世話になりました。今年も何卒よろしくお願い申し上げます。
 日本は、160年前、明治時代となり、それから大正、昭和、平成と続いて来ましたが、今年5月1日より、新しい年号に変ります。
 これに伴い、天皇も変ります。
2711年前の第一代、神武天皇に始まり、現在の天皇は今上天皇と云い、125代目の天皇です。
 従って、現在の皇太子は126代目の天皇となりますが、名前はまだ決められていません。

 せいざん病院は4月から12年目に入り、移転してから7年目に入ります。皆様の努力と御協力のお陰で少しずつ成長し、確実に島民の皆様に愛され、信頼される病院になって来ています。

 所で、日本では1300年前、奈良から京都へ都を移す平安遷都が行われました。
 当時、地震や飢餓などが、毎年のように起り、人々は疲弊していました。当時の天皇は45代の聖武天皇でお后は、光明皇后という方でした。
 光明皇后は、薬草を育て、病人に配り、施薬院を建て、また貧しい病人を収容する悲田院という、今で云う病院を創りました。

 これが我国における医療と福祉の原点と云われます。

光明皇后は、病人や貧しい人のために浴室(風呂)を作り、1000人の人の体を自ら、洗い清めたと云われます。
 1000人目の人が、皇后の前に現れたのは、全身に疱疹の出来たハンセン氏病(昔のライのこと)の患者でした。
 その病人は皇后に、体中のあちこちから出るウミ(膿汁)を取って下さい、と頼みました。誰もが、目をそむけるようなその体に皇后はたじろぎもせず、意を決して唇を寄せ、その膿汁を吸い取ってやりました。
 するとその病人は「実は私は仏の化身なのです」と告白しました。すると同時に辺りが光り輝いて、芳香が漂いました。
 と思うと、その化身はたちまち、あでやかに天に登って行きました。
この光明皇后の病人に対する慈悲の心は、現在の皇室にも受け継がれていると云われます。

 東北地方の地震や津波、熊本での地震災害や、台風や豪雨など自然災害で被災した人々を何回も見舞われ、いたわりの言葉をかけ、人々を慰めました。
 私達には何も大きな仕事など出来ませんが、この「せいざん病院」に入院されている方々、外来を受診される方々に、少しでもやさしく接してあげ、看護、介護に携わって行くのが、私達に課せられた責務であり、使命であると思います。
 体には気をつけて、今月も一緒に頑張りましょう。

医療法人純青会 せいざん病院
理事長  田上 容正

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